2011年04月25日

なぜ石巻の医療支援か 竜先生の報告

なぜ石巻の医療支援か、そしてどのような支援が必要なのか
     
竜 崇正(日本登山医学会会員・医療福祉ネットワーク千葉理事長)

石巻は北上川河口に面した旧市街と、北上町、雄勝町、女川町などを合わせた市であり、全国有数の漁港でもある。今回の大震災では、4月22日時点での死亡2698名、家族から届け出のあった行方不明者2770人、避難者1万4780名、住宅約2万8000棟全壊という、最も被害の大きかった地域である。実に被災死亡者13232人、行方不明者1万4550人の約2割を石巻市が占めている。

基幹病院は石巻日赤病院(402床、26診療科)と石巻市立病院(206床、14診療科)である。旧市内にあった石巻市立病院は港に立地していて被災して機能を消失し、旧市庁舎に仮設診療所をおいて再来の投薬のみ再開している状況である。地域医療を支える開業診療所は、旧石巻市内地区で内科13院が診療を再開したが、すべて日曜休診のほか、午前のみなど短時間診療が多い。9院がかかりつけの投薬のみの制限診療、他の診療科でも14院が診療、3院が制限診療を開始している。しかし旧市内以外の4地区のうち2地区ではそれぞれ3院が短時間ながら診療再開したが、他の2地区は避難所内での仮設診療所でという状況である。

北上地区は漁業を中心として生活する部落に分かれており、避難者数2600人が避難所に分散して生活をしている。災害対策本部のある北上中学校内に医師1名に愛媛県からのサポート医師で仮設診療所を維持しているのみである。このため、被災当初から日曜日に東京恵比須の山の診療所院長斎藤健太郎医師が、登山医学会医療支援チームとしてこの避難所を巡回診療して地域住民の健康維持にあたっ
ており、17日の午前に同行したが、地域被災住民から厚い信頼を得ている。

宮城県では2010年から大規模災害に備えて県内を6ブロックに分け、それぞれに知事から任命される医療コーデイネーターを置き、権限を持って行政、警察、自衛隊、消防、各医療組織との調整を行っている。気仙から石巻地区は、日赤の石井正医師が県内6番目の災害医療コーデイネーターとなって、調整にあたっている。避難所の救護所は、石井コーデイネーターの指示のもと、自治体や公的病院
グループからの組織的な派遣医師や看護師が中心となる石巻圏合同医療チームとしてカバーされている。石巻日赤の一次診療支援のため1週間交代で来ている他の地域の日赤病院や厚生年金病院の医療スタッフも、週1日程度避難所支援をしており、こちらの希望者も多いとのこと。眼科については別途、巡回診療体制が敷かれ、有効に機能している。こういった状況から避難所に関しての医療はほぼ
カバーされ、これ以上の診療支援の必要がないと思われる。

開業医を中心とする一般医療提供体制の崩壊と市立病院の機能停止により、本来重症患者のみ担当するはずの石巻日赤には、一次救急患者も殺到しており、特に休前日準夜帯と日曜休日は患者が倍増している。このため、二次救急以上の重症は院内の救急医が「レッドゾーン」で診療、一次は「イエローゾーン」として外部支援医師、支援看護師のみで診療する体制がとられている。

イエローゾーンは院内一次救急という「地味な」役割のため、全国からの支援医師は担当を希望せず、日赤本部チームとして全国の日赤病院から派遣された医師、看護師、および、厚生年金病院チームが専ら担当している。日赤チームは院内の会議室に折りたたみビーチベッドや屋外テントで1週間逗留、厚生年金チームは病院から片道1時間かかる大崎市の宿泊施設に1週間逗留、ということで、とくに深夜に近い準夜帯勤務は過酷になっている。

我々が土曜準夜および日曜日勤前半を手伝っただけでも大変感謝され、定期的な応援を期待されている。病院スタッフは自らも被災して大変疲れており、長期戦を想定しての診療体制を考えなければならない。そのような意味では、定期的な医師や看護師を派遣を派遣できるボランテイアグループが必要であり、我々の役割もそこにあると思われる。土曜準夜(17時〜24時)および日曜日勤前半(8時〜概
ね13時)の支援であれば、ボランテイアも日常勤務の傍ら、1泊2日でサポートできるので、長期にわたり継続できるのではと考える。当然のことながら、衣食住を自立できることが条件である。現状では被災のため近くに宿泊施設を確保できないので、当分の間車内かテントなどによる宿泊が必要である。

 皆様のご支援をお願いしたい。
posted by 日本登山医学会ブログ at 14:28| Comment(0) | 震災医療支援

4月第4週報告 竜崇正

竜先生からの4月第4週報告です
先週に引き続き、石巻日赤支援活動報告です。

 今週末は、大江先生がご出馬の予定です。金子宏先生も5/3AM〜5/4PM可能であるとのことです。詰めましょう。

 竜先生によれば、石巻日赤は日本登山医学会の2週にわたる支援が行っており、面倒な手続きはいらないようです。土曜の4時半ころに日赤2階の本部に行って診療医師登録を届ればOKです。日本登山医学会は登録済です。後は現場に参加すればいいだけ、とのことです。下の報告参照。(事務局)


石巻日赤支援第4週報告
(石巻日赤一次診療 イエローゾーン 2010.4.23.17:00―24:00―4.24 8:00-13:00)
   竜 崇正

23日(雨)6:00千葉発 ― 9:00 安達太良SA ― 12:00 石巻日赤2階本部にて登録
北上地区巡回。14時頃だったためか、公民館などの避難所にほとんど人はいなかった。北上総合対策本部を訪れ、保健師さんへ折り紙など寄贈。もう必要物品はほとんどないようだ。
 北上地区では瓦礫は少しずつ片付けられ、新しい電柱がたてられ、電線をつなぐ工事が進行していた。北上川に沿っての左岸の道路は、北上手前でやはり左に迂回。
16:00 石巻日赤の2階本部で今回の診療医師登録をした。日本登山医学会ですでに予定が入っていた。
17:00 リーダーの大阪厚生年金病院の道田部長(消化器内視鏡)、日赤医療センターの木村医師(救急)と打ち合わせ。医師は私を含め、内科、小児科、整形、内科など6名、看護師7-8名、薬剤師3名おり、豊富だ。6人の患者を診察、尿閉と高熱の患者は腎盂腎炎を疑いレッドゾーンへ。その他
高血圧、風邪後のNSAIDS胃潰瘍、胃腸炎、前腕切創など6名を診察。5名が外来のみ。高血圧の患者は前回の相川避難所で私が指切創の治療中に居合わせた人であった。
夜になり大雨強風となり、20時頃大きな地震があったためか、それ以降患者が来なくなった。待ち患者もいなかったので、22時に早退を許可してもらい、道の駅へ。一人で道路情報センター裏の屋根の下で幕営。完全に風雨を防ぐことができ、快適であった。熟睡。

24日(快晴)
朝6時に起床。大勢のボランテイア、被災者?が車で寝ていた。併設されている温泉に入ろうとしたが、大混雑であきらめた。多分被災者であろう。今日は日赤医療センター、大阪厚生年金と私の医師5人に看護師7人、薬剤師2人の体制である。小児科2名、整形外科1名、内科1名、外科1名である。腹痛、高血圧、怪我などの通常一次診療が多かったが、不安で不眠となり、高血圧となった患者が数人来た。中には血圧が250を超えてい、私の医師人生で初めてのとんでもない高血圧患者が来た。緊急処置で170に下げたが不安が強く、石巻日赤精神科の先生に引き継いで何とか対応した。その方は被災後1か月の記憶がほとんどなく、自宅2階で生活可能ということで、雨漏りのする部屋で生活していたよ
うだが、余震でさらに恐怖心が増したようだ。そうでなくても不眠不安で高血圧を発症した患者も多かった楽しく診療できた。小児や妊娠中の患者など、診療に苦労する患者も多かったが、そのような患者には専門性のある院内の石巻日赤の先生も迅速に対応してくれ、本当に医の心が一つになっての医療体制の提供ができていると、驚き感激した。またこちらから指示すると、薬剤師さんがお薬手帳
を作ってくれ、薬剤師さんの重要性も再認識した。石巻日赤前の酒屋で、石巻の日本酒「日高児」と被災して凸凹になり10円で売っている缶ジュースを大量に買って、14時に石巻をでて、20時半に千葉に戻った。疲れたが有意義な2日間だった。

 おわりに
今回は、被災者の死か生かがはっきりしている大災害である。生き残った人は、体の治療は数日で不必要になり、家族や友人、家、財産などすべてを失った喪失感、恐怖、先の見えない絶望感による心の問題が大きくなる。さらに先の見えない地域復興への不安が追い打ちをかけている。医療支援は、避難所では病気予防と心のケアが重要となり、地域全体では、医療システムの崩壊による日常診療の
サポートが重要になっている。被災した市立や町立病院や私立病院の再建にはお金と時間がかかり、容易でないと思われる。また医療従事者の確保も容易ではないであろう。現場にそれぞれの医師が飛び込んでサポートし、その中で現場から何をすべきか提案することが重要だと
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斎藤先生から 2011/04/21

斎藤先生から 2011/04/21

増山先生、こんばんは。
相変わらず、夜分遅くにすみません。忙しくて、いろいろまわっていません。
石巻フライトお疲れ様でした。

先週は35人程診療してきました。
今度は現地に継続して支援したいと話す、親日家のデルタ電子(台湾企業)の社長を同行し、29日頃に十三浜地区の診療に出動予定にしています。この企業は力もあり、かなり力が入っている印象です。本当にありがたい事です。海外も含め、現地を知り、本当に意味のある、直接支援を行いたい企業等も多いと思います。
ニーズがありましたら、医療支援の遠征時に案内しますので相談下さい。様々な力を結集し、登山医学会としても有意義の支援の形が出来るといいと思います。なるべく、早く、これまでの報告もまとめたいと思います。よろしく、お願いします。

齊藤 健太郎
posted by 日本登山医学会ブログ at 14:13| Comment(0) | 震災医療支援