2011年03月29日

東北大震災医療支援隊その3

3/26(土)
 起きると雪。寒い。避難所も寒いが、流失せず残った家屋はもっと寒いはずだ。電気も水もガスも灯油もなくこの朝を迎えるのは厳しかろう。

 8:00 北上中学校の上にあるスポーツパークに設けられた総合支所災害対策本部の各避難所リーダーのミーティングに出る。各避難所からの報告が終わったあと、登山医学会チームの自己紹介をする。本部には、支所そのもの、警察、消防、自衛隊が同居している。無駄のない議事進行、テキパキとした指示に感心する。

 石巻市中心部も壊滅的被害を受けた。原発のある女川もすぐ南にある。すぐ北は南三陸町。中心部から離れている北上町はそれと並べると「有名」であるとはいえないが、被害は有名さと比例するわけではない。
 石巻市北上町は、人口4000弱。被災者1501名。全家屋の約半分が被害を受けた。死者125名行方不明305名、あわせて430名。行方不明者と死亡者数は毎日変わる。昨日も十数件の葬儀が行われている。避難所は11か所ある。石巻日本赤十字病院が中心となって医療巡回業務を行っている。愛媛大学チームが継続的援助を行っているし、東京大学チームの記録もある。地元の只野先生も頑張ってお
られるようだ。

 今回の私たち日本登山医学会/医療構想千葉チームの担当は、浜地区である。浜地区でないのは、川地区とでもいうのだろうか、北上河口付近を指し、浜地区とは文字通り浜がある地域を指す。壊滅的津波がまず押し寄せた地域である。本日の巡回は浜地区、小滝と相川と大指の3か所の予定である。
 まず、北上中学校の体育館(地域最大の避難所となっている)に医薬品のピックアップに行く。かなりの種類と量の医薬品が揃っている。巡回診療には十分であろう。

 この避難所では、だだっ広いひとつの空間に300人近くが生活している。床は冷たく、天井は遠くにあって体温を奪う。さえぎる仕切りなどもなくプライバシーを護るものは何もない。
 そろそろ震災津波から2週間。ストレス性の心身反応や感染症が問題になる時期である。被災者の間で小さないさかいが起こり始めてもおかしくないし、またインフルエンザが先日発生したという。

 今回のメンバーには医師の他にも、山岳や野外活動の専門家が揃っている。国立登山研修所からテントやロープやマットを沢山お借りしているし、ビクトリノックス・ジャパン株式会社様からはスイスアーミーナイフや高性能ライトもご寄贈いただいた。これらを避難所生活の改善に役立てるのも今回のmissionのひとつである。
 登山専門家チームの出番である。さっそく子供たちを集めてテントの設営から始める。ヒマラヤの極寒強風に耐えるダンロップの極地用テントも子供たちにとってはただの遊び道具である。子供たちの声を聴いておかあさんおばあさんがたが集まってくる。「子供たちのキャッキャいう声を久しぶりに聞きました」と語る。子供たちがテントの中で遊んでいるのを見ながら、暖をとり寒さ避け、湿
気を防ぐ実践的方法などのミニレクチャが始まる。
 被災者用の仮設トイレは外に設置してある。しかし車いす利用者用の便器は生活者と同じ空間にあって簡単な囲いがあるだけである。ダンロップテントのフライを利用してうまく全体を覆う工夫をする。
posted by 日本登山医学会ブログ at 13:57| Comment(1) | 会員情報
この記事へのコメント
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何か役に立つことができるようでしたら、お教えください。

皆さんの活動応援しています。
ありがとうございます。
Posted by tohokujishin.wordpress.com at 2011年03月31日 14:12
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